長崎は坂、墓、(祭り)馬鹿が多いとか。カミサンと三日連続のさるく博、立派なさくる馬鹿です。
さるく博HPより引用「天正 8年、キリシタン大名・大村純忠は、イエズス会に長崎と茂木の町を寄進。当時、長崎はローマだったのです。殉教の地である西坂の丘から、キリシタンにまつわる物語が数多く残る小径をそぞろ歩きます。」
コースは 日本二十六聖人殉教地 (西坂公園)→日本二十六聖人記念館→聖フィリッポ教会(西坂教会)→本蓮寺→福済寺(ふくさいじ)→聖福寺(しょうふくじ)→迎陽亭(こうようてい)跡→田中旭栄堂(たなかきょくえいどう)→西勝寺(さいしょうじ)→中町教会(なかまちきょうかい)

勝海舟寓居の地、1855年から約4年間を長崎の海軍伝習所で航海術を学んでいたとのこと。

昔は背負った荷物を載せるため、休み石の高さも高かったそうです。

日本二十六聖人殉教地(西坂公園)、1587年に豊臣秀吉が長崎がローマのイエズズ会に寄進されていることに怒り、バテレン追放令を出す。みせしめのために京都や大阪などの信者や宣教師を捕らえ、長崎の地で26人を処刑。
当時は出島にオランダ人か詰め込まれる前で、ポルトガルとの交易でポルトガル人も長崎市中に暮らしていたとのこと。ポルトガル語が語源となった言葉にカステラ、ボタン、ビスケット、キャラメル、ブランコ、コップ、フラスコ...多数あり驚くばかりです。当時は狭い長崎に協会が13あったとのこと。

西坂教会、アントニオ・ガウディのサクラダ・ファミリア聖堂を模して造られたとか。

長崎の三大寺の一つが本蓮寺、お寺になる前は教会と病院があったとか。本堂庭園内にポルトガル船の水補給に使われていた南蛮井戸が残っています。

映画「解夏(げげ)」のロケ地にもなった聖福寺(しょうふくじ)、中国寺ですが朱色がくすみ落ち着いたたたずまいです。

水盤のホテイアオイ、昔は田舎に行くと良く見かけましたが。涼しげな花が綺麗です。

大きな釣鐘が下がっています。今回初めて聖福寺の中を拝見しましたが、見所多いお寺です。

江戸時代の初めに殉職し、1987年に聖人と列せられた殉教者に捧げられた中町教会。フランシスコ・ザビエルゆかりの「ほほえみの十字架」があります。
長崎の歴史は400年、短い400年ですが色々な史実が眠っています。今回も好奇心を満たしてくれるさるく博でした、今日も暑かった。
- 2006/08/14(月) 15:15:14|
- さるく博06
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shiroさん、五家原岳のキャンプ場(広場?)は、良かったですよ。穴場的なキャンプ場ですね。兎に角、涼しかったです。
今回は、快適なキャンプでした。shiroさんにとっては、物足りないでしょうが・・・・・
- 2006/08/14(月) 15:41:58 |
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