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手作りオーディオの部屋:長崎発shiroブログ版

DIYや改造記・・・本末転倒、オーディオから脱線、アウトドア中心かなぁ

さるく博:長崎奉行所を訪ねて~時代を超えた長崎の中心地~

さるく博はいよいよ明日まで、明日は所用の為に今日が最後のさるく博。カミサンも一緒。

さるく博HPより引用「この界隈は、元亀元年( 1570)の開港後、町建てが行なわれた南蛮貿易時代から、江戸時代、明治時代以降と、常に長崎の中心であり続けている場所です。長崎県庁と長崎歴史文化博物館、この長崎奉行所が置かれていた双方を結ぶ道とその沿道には、各時代の遺構や物語がたくさんあります。さるけばさるく程、その魅力に思わずハマってしまう魅惑のコースです。」

コース : 長崎県庁→旧外浦町由来碑→長崎家庭裁判所・長崎簡易裁判所→大音寺坂(天満坂)→長崎地方法務局→九州農政局長崎農政事務所→長崎市立桜町小学校→長崎歴史文化博物館

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集合場所のJR長崎駅かもめ広場、駆け込みで参加者がごった返しています。 [さるく博:長崎奉行所を訪ねて~時代を超えた長崎の中心地~]の続きを読む
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  1. 2006/10/28(土) 19:22:39|
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さるく博:四百年の歴史を誇る植木技術と庭園 ~古賀・植木の里散策~

今日はカミサン、カミサンの同僚の女性1名とさるく博、昨日より凌ぎ易いですが異常な暑さ。
さるく博HPより引用「400年の歴史を誇る古賀「植木の里」には、樹齢約600年を誇る日本一のラカンマキを主木とした枯山水庭園や九州屈指の高級盆栽など数々の見所があります。豊かな自然環境と四季折々の美しさを楽しめるこのコースは一見の価値ある癒しの空間といえましょう。」

コース:迎仙閣 (ぎょうせんかく)→雄光苑→赤瀬邸→茂樹園→昭緑園→共楽園→恵比須神社→松花園→南荘園→久保田植木・越樹園

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集合場所の長崎市植木センター [さるく博:四百年の歴史を誇る植木技術と庭園 ~古賀・植木の里散策~]の続きを読む
  1. 2006/10/22(日) 19:27:35|
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さるく博:高島秋帆旧宅跡から大徳寺へ ~江戸、明治の風情が残る奥丸山~

カミサンは所用、ということで一人でさるく博。
何度か一緒になったガイドさん、覚えてくれていました。

さるく博HPより引用「江戸時代、長崎の主要街道の一つだった旧茂木街道の始点を出発すると、古い石垣や石塀、神社の鳥居や名物の梅ヶ枝焼餅など、江戸、明治時代の長崎が偲ばれる風景に出会えます。奥丸山の名にふさわしい、しっとりとした長崎の一面を探して、ぶらり、さるくといたしましょう。」

コース 「長崎茂木街道ここに始まる」の碑→光寿山正覚寺→高島秋帆旧宅跡→福屋跡→玉泉神社→三島屋→中の筑後屋跡 (青餅亭跡)→勅使坂→楠稲荷神社→菊水の梅ヶ枝餅→ 大徳寺公園(大徳寺跡)→梅香崎神社(天満宮)
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秋帆の旧宅跡スタートは光寿山正覚寺前の茂木街道の碑から。茂木街道は以前歩いたことがありますが、坂本竜馬も歩いた道。 [さるく博:高島秋帆旧宅跡から大徳寺へ ~江戸、明治の風情が残る奥丸山~]の続きを読む
  1. 2006/10/14(土) 20:19:39|
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さるく博:今も弘法さんの伝説が残る街(香焼)、平安時代に開かれた長崎の要所(野母崎)

今回はガイドさん無しの遊さるく、カミサンと地図を見ながら歩き回りました。9月末とはいえ強い日差しでした。
周ったところは2箇所、以下はさるく博HPより引用。
①今も弘法さんの伝説が残る街~海と緑と太陽と造船の香焼~
「豊かな自然に抱かれた造船の町・香焼。「愛と平和の像」が建つ、香焼のシンボルパークを中心に四方に広がる高台からは、海に囲まれた土地ならではの絶景と、古くから伝わる弘法大師伝説が残る古寺などが点在しています。」
②平安時代に開かれた長崎の要所~点在する寺社巡りで野母崎再発見~
「九州本土最西南端にある長崎半島の先端部に位置する野母崎エリアは、味、景観、海、自然と様々な魅力で人気の観光スポットです。“野母”の名の由来とも呼べる伝説や、ゆかりの祭りが今も伝承されており、穏やかな野母漁港に沿って栄えた漁業の町をのんびりさるくと、新たな発見がありそうです。 」

先ずは①香焼へ
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弘法大師空海が開いたという伝説が残る円福時に続く長~い石段、歩くのも大変ですが作った人は偉い。 [さるく博:今も弘法さんの伝説が残る街(香焼)、平安時代に開かれた長崎の要所(野母崎)]の続きを読む
  1. 2006/09/30(土) 21:36:48|
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さるく博:軍艦島・高島巡遊

今日は「学さるく」、人気コースなので予約を入れやっと実現。カミサンと二人で計¥8,000で高いかなと思いきや、満足度200%でした。
さるく博より引用「大正から昭和30年頃まで高層住宅が建てられ、現在は無人島となった軍艦島の姿を間近で見ることができます。また石炭資料館など高島島内を散策しながら、地元の方の高島に対する誇りと思いを聞くことができます。」
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お目当ては軍艦島と呼ばれる端島を見ること
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集合場所の大波止から船で高島まで移動 [さるく博:軍艦島・高島巡遊]の続きを読む
  1. 2006/09/24(日) 22:04:39|
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さるく博:深堀城下町探訪 ~語り継がれる深堀義士伝の町~

午前のさるく博ですが暑い、カミサンは日傘がお供。総勢45名位か? 2班に分かれますが、それでも通常の倍の人数。

さるく博HPより引用「長崎市唯一の城下町、深堀。遥か縄文時代からの多彩な歴史・文化の歩みをしめす貴重な遺跡や史跡を数多く残しています。長崎では珍しい武家屋敷の風情を残す石塀群やきれいな水路を利用したビオトープなど、美しく懐かしいまちなみは、きっと訪れた人の心を癒してくれるでしょう。」
コースは 浄土真宗本願寺派 亀登山 円成寺の梵鐘(市指定有形文化財)→深堀神社→深堀神社の鳥居[旧幸天宮石神門 (こうてんぐうせきしんもん)](市指定有形文化財)→深堀貝塚遺跡資料館→馬場崎経塚→曹洞宗 金谷山 菩提寺→十人義士の墓→深堀鍋島家墓地(市指定史跡)→五官の墓(市指定史跡)→深堀陣屋跡碑→アコウの木(市指定天然記念物)

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恵比寿様、至る所で見かけます。漁業・商業の神様ですがカラフルでユーモラスな恵比寿様はここだけかも。 [さるく博:深堀城下町探訪 ~語り継がれる深堀義士伝の町~]の続きを読む
  1. 2006/08/26(土) 15:15:34|
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さるく博:夕陽が美しいキリシタンの里 ~遠藤周作が魅せられた町~

絵に描いた夏空で暑~い! 朝から外海町まで出かけてのさるく博、勿論カミサンも一緒。

さるく博HPより引用「キリシタンの苦難に満ちた歴史と、角力灘に沈む美しい夕陽で知られる外海エリア。なかでも弾圧時代のキリシタン史跡が数多く残るのが、黒崎、出津界隈です。美しい表情を見せる大海原の傍らでは、昔から深い信仰と愛に満ちたドラマが繰り広げられ、今もその面影が見え隠れしているのです。 」
コースは 外海歴史民俗資料館→沈黙の碑→ド・ロ神父記念館→旧出津救助院跡→出津教会→外海子ども博物館
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外海民族資料館にある隠れキリシタンのロザリオ、見つからないように竹筒にしまってあります。大村藩の長男以外は殺害するおふれに従えず、五島に渡った隠れキリシタンも大勢いたとか。 [さるく博:夕陽が美しいキリシタンの里 ~遠藤周作が魅せられた町~]の続きを読む
  1. 2006/08/20(日) 21:38:03|
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さるく博:媽祖様と唐りゃんせ ~唐人屋敷の歴史~

台風も過ぎ夕方のさるく博、曇りなので凌ぎ易くカミサンも日焼け対策無し。

さるく博HPより引用「四隅モニュメントを訊ね歩けば、美しい「媽祖」様を守りながらギョロ目の妖怪?たちが“とうせんぼ”。一歩踏み入れると迷路の中に、中国がかくれんぼ。迷い込むほどに温かくて楽しくて懐かしい。そんな不思議な時空へ行き交う人も猫たちも熱烈歓迎!“唐りゃんせ”をしてくれるコースなのです。」

コースは 広馬場商店街→まちづくり情報センター→館内市場他→土神堂(市指定史跡)→天后堂(市指定史跡)→観音堂(市指定史跡)→福建会館(市指定有形文化財:正門・天后堂)

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冬のランタンフェスティバルで毎年訪れる唐人屋敷、先ずは土神(ドジン)堂。唐は普通「カラ」と読みますが長崎では唐貿易しているので「カラ」では縁起が悪い、よって「トウ」と呼んだとか。タイトルにもある媽祖(マソ)様とは航海安全の神様です。
鎖国が始まり100年位は唐人が長崎市内に住んでいたので、中国の影響を沢山受けています。爆竹で賑やかな精霊流しやおくんちの蛇踊り、卓袱(シッポク)料理など。密貿易や風紀上の問題から100年間は、唐人も出島のオランダ人同様に隔離されました。 [さるく博:媽祖様と唐りゃんせ ~唐人屋敷の歴史~]の続きを読む
  1. 2006/08/19(土) 22:13:16|
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さるく博:今も生きている?怪談話~「飴屋の幽霊」を聞く会

長崎では有名な飴屋の幽霊、カミサンと聞いて見てきました。

さるく博HPより引用「毎年8月16日に幽霊像がご開帳となる光源寺。その幽霊にまつわる言い伝えを住職から聞き、舞台の物語となった界隈を散策します。」
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光源寺の住職より飴屋の幽霊の話を聞いて。
墓に葬られた女性が墓の中で子供を産んだが乳が出ない、そこで女性は乳の代わりに飴を買いにゆく話。 [さるく博:今も生きている?怪談話~「飴屋の幽霊」を聞く会]の続きを読む
  1. 2006/08/16(水) 20:53:48|
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さるく博:長崎はローマだった ~西坂の丘から愛と祈りの小径へ~

長崎は坂、墓、(祭り)馬鹿が多いとか。カミサンと三日連続のさるく博、立派なさくる馬鹿です。

さるく博HPより引用「天正 8年、キリシタン大名・大村純忠は、イエズス会に長崎と茂木の町を寄進。当時、長崎はローマだったのです。殉教の地である西坂の丘から、キリシタンにまつわる物語が数多く残る小径をそぞろ歩きます。」

コースは 日本二十六聖人殉教地 (西坂公園)→日本二十六聖人記念館→聖フィリッポ教会(西坂教会)→本蓮寺→福済寺(ふくさいじ)→聖福寺(しょうふくじ)→迎陽亭(こうようてい)跡→田中旭栄堂(たなかきょくえいどう)→西勝寺(さいしょうじ)→中町教会(なかまちきょうかい)
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勝海舟寓居の地、1855年から約4年間を長崎の海軍伝習所で航海術を学んでいたとのこと。 [さるく博:長崎はローマだった ~西坂の丘から愛と祈りの小径へ~ ]の続きを読む
  1. 2006/08/14(月) 15:15:14|
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